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おせんの江戸日誌

おせんの江戸日誌

十三夜

めっきり涼しくなってきたものですから亀吉の食欲はいっそう盛ん。

「ところで姐さん、これじゃ足りねえや。
 もうちょっとばかし腹にこたえるようようなものを頂きたいんですがね」
亀吉はやっぱり図々しい奴でございます。
あたしのところへ顔を出しちゃ食い物をせがむんですからねえ。


いまは駕篭かきをやってるんですが内藤新宿の馴染みの飯盛り女の年季明けが近いっていうんで
大張り切り。どうも所帯を持つつもりじゃないかと睨んでいるんですがネ。

そんなこんなを考えているうちにたくさんの里芋が茹であがってきました。
「十三夜のために用意してたんだけど食べな、言っとくけど塩しかないよっ!」
「おっ きぬかつぎじゃござんせんか! こぅりゃ参ったねぇ」
亀吉は髭面をくしゃくしゃにして笑みくずれ、里芋の皮をむく手も もどかしげ。
背の高さ五尺一寸ながら体重十八貫ちょっと、まるで米俵みたいにずんぐりした亀吉がちんまりと正座して小さな里芋をぱくつくさまは愛嬌たっぷりでございます。

十三夜


お江戸じゃ十五夜の月と十三夜の月を同じ場所から見るのが良いとされております。
もちろん、片っぽうしか見ないなんてぇのが一番いけません。
鑑賞するなら二回でひとつ、ワンセットということなのでございます。
また別の場所から見るのは「片月見」と申しまして嫌うのでございます。
片月見がイケナイだなんてどこのどいつが言い出したんだい? ということになりますが
たぶん遊里吉原の繁栄を狙っての戦略じゃないかとあたしは睨んでおりますんで。
十五夜を吉原で過ごした客は「十三夜も一緒に見とうござんす」とせがまれりゃむげには
断れない。片月見は忌むべきことだってなってますから。
そうなると馴染みの遊女にゃ合いたいし縁起かつぎもあって登楼しますからねぇ。
ま、商売がらみの面じゃ『土用のうなぎ』『節分の巻き寿司』みたいなもんですかネ。

「姐さん ごちそうになりやした。行ってめえりやす」
表に出た亀吉は駕篭辰の方角へ地響きたてながら走り去りました。

あたしの好物の里芋を亀吉が全部たいらげちまった . . . . 
せっかく十三夜のために用意しといたのに。

仕方ない、もともと十五夜が芋名月、十三夜は豆名月とか栗名月といわれてるんだ。
十三夜にゃ栗でも食べよ . . .

だけど栗じゃ 御酒のあてにゃならないから豆のほうがいいかもしれないネ

 


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